宗旨 真言宗智山派

開基 有荘氏

建立 1202年

文化財 荘小太郎頼家の墓所(県指定)

霊場
関東八十八カ所第86番児玉三十三観音第19番百八地蔵尊霊場第17番

主な花木 椿・桜・南天・沈丁花・さざんか・木犀・ぼたん

付近の名所 児玉町 雉岡城跡(桜の名所)塙保己記念館

交通機関
JR高崎線本庄駅下車タクシー約10分
JR上越新幹線本庄・早稲田駅下車徒歩8分
関越自動車道 本庄・児玉インターから約12分

駐車場 普通車30台

縁起

 当山は、本庄駅南方二・五?、字栗崎の浅見山丘陵の東端にある真言密教寺院である。寺伝によると建仁二年(1202)有荘氏(後に本庄氏)により開創された。始め有道宿弥武承惟行五世の孫児玉党旗頭、有荘太郎家長の嫡子小太郎頼家が寿永三年(1184)一の谷合戦で戦死したので、その妻が菩提を弔うため法印良運を京より迎えて一寺を建立、有荘寺と号し自らも得度して妙清禅尼となった。

 これより前、有道椎行は沙門空海巡礼の地、浅元山に一寺を建て阿弥陀如来を安置し西光寺と称していた。延年二年(1337)新田足利の兵火で焼失、天文六年(1538)北条、上杉の戦国兵乱の時無住になった。荒廃するを惜しみ紀州根来寺より僧頼暁来り、天文二十四年(1556)西光、有荘の両寺を合併して一寺となし、西光山無量寿院 宥勝寺と改称された。爾来、末寺数十ケ寺を有する地方有数の名利となり、慶安元年(1648)良弁僧都の時、徳川家よりご宋印拾石を賜る。