宗旨 真言宗智山派

開基 行基

建立 724年〜748年頃

文化財 三重塔・本堂・仁王門(県指定)

霊場
坂東三十三観音第11番関東八十八カ所第75番東国花の寺百ヶ寺

主な花木 つづじ・杉・櫻・樫・楓・もみじ

交通機関
東武東上線東松山駅下車タクシー約12分
関越自動車道東松山インターから約15分

駐車場 普通車40台 大型車5台

縁起

 寺の草創は僧行基が東国巡錫の折、ここを霊地と定め、聖観音像を刻み、岩窟に納めたというもので岩窟寺院の一つである。のちに桓武天皇の時、奥州征討の坂上田村麻呂が戦勝を祈願、七堂伽藍を建立した。

 関東東北の地に観音信仰普及の端緒を開いたのは、田村麻呂であったが、ここもその一霊場である。また天慶三年(940)平将門叛乱の折、調伏を命ぜられ、百院百檀を設けて修法、効験があったとも伝えられている。この寺と籍の深いのは源範頼である。平治の乱のあと助命され、この寺の椎子僧となって育ったのが、のちに領主となってからその折の報恩にと所領の半分を寄進し、三重塔、大講堂を建立した。天文年間の合戦でこれ等の堂舎を失い、現在の建物は、寛永年間より元禄年間に再建された。厄除・安産・子育の観音様として多くの信仰を衆めている。